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長い1日(その2)
国循のNICUでドクターからはなちゃんの病状についての説明を聞いた。産まれる前から聞いていた心臓の奇形に加えてお腹に水が溜まっていてその原因やその状態について国循には専門医がいない(要は心臓や循環器のことしか分からんらしい・・・)ので専門医のいる病院へ今から搬送しますとのこと。

最初、ひなたんがお世話になっている総合医療センターへ搬送するとのことだったが満床のため遠く離れた生駒の近大病院への搬送が決まった。

搬送前に、ママ(妻)もベッドのままNICUに連れてきてもらいつかの間の我が子との対面を果たすことが出来た。ちょうどその頃、21時頃に救急隊員がはなちゃんを迎えにきた。国循は救急の患者を受け入れることは多くても送り出すことは稀なのかとても段取りが悪かって見ている我々は呆れてしまったがなんとか保育器の中のはなちゃんも保育器のまま救急車に乗せてもらい生駒まで搬送されていった。

私も車で近大奈良病院へと向かい1時間ほどで到着した。待合所で待つこと約1時間、23時頃に近大奈良病院のNICUに呼ばれドクターから説明を受けた。

心臓の奇形に関する説明は何度も聞いていたので、もうええわと思いつつもこれからしばらくお世話になるドクターなので真剣に話を聞いた。

心臓の奇形について、今後の治療の方法について、腹水について、染色体異常について・・・などなど

少し前までは、心臓の奇形は手術で治るが染色体異常(ダウン症候群)だったらどうしよう、とか思っていた。そして国循のドクターも近大奈良のドクターも顔貌からみてダウン症候群の可能性は高いと言う。染色体検査の結果がでるまでは分からないが、こうやって産まれてきてくれたらもうそんなことはどうでも良かった。とにかく元気に大きくなって欲しいただそれだけだ。

23:30頃ドクターからの説明がおわり、我が子を遠く生駒の地に残したまま病院をあとにした。

0:30頃、寝静まった家に着くとキヌさんが起きてきて夕食を温めてくれた。

【日齢0日】


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はな誕生、そして入院 | 【2007-08-09(Thu) 23:59:59】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
一晩あけて
一晩あけて朝が来ました。

ひなかなはいつものように元気な目覚めでひなたんの足痛は今日もありません。

キヌさんが慣れない我が家の朝食のルール?に少し戸惑いつつも準備をしてくれ、8時過ぎには食べ終ってました。

はなちゃんの待つNICUには誰でも好きな時間に面会にいけるわけではなく、会えるのは父母と祖父母のみで祖父母に関しては24時間のうち1時間しか許されていませんでした。

キヌさんにはひなかなの面倒を見るために、長い間、大阪に滞在してもらいたいところなのですが、そうはいかない為、早速、今日近大奈良へ連れて行くことにしました。

自宅からは、高速に乗って50分足らずで病院に到着したのですが、キヌさんと私はNICUに入れるのですが、ひなかなは入れないので待合所で待たせていたので、ゆっくりとはなちゃんと面会している余裕はなく、ほんの10分あまりの面会となりました。

その後、今度はママの待つ国循へと病院はしごです。近大奈良まで来る時はスイスイやったのですが、今日は、お盆のラッシュと重なってしまい、東○阪ジャンクションからは全く動いていなかったため中央環状で吹田を目指しました。

しかしながら下道も同様に渋滞しており、通常なら1時間足らずでつくところを3時間もかけての移動となり疲れ果てました。

ひなかなは、最近ハマッてるドラゴンボールの影響から、「カメハメハーーー!」といいながら前に並んでいる自動車の列に”気”を送っていましたが、残念ながら前の自動車の列が跳んでいくことはありませんでした・・・・。

無事、国循についたのが3時ごろで、ママに救援物資を送り届けてから、またまた渋滞のなか我が家へと帰ってまいりました。

【日齢1日】

はな誕生、そして入院 | 【2007-08-10(Fri) 22:31:32】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
いきなりの電話
お世話になったキヌさんは帰省ラッシュを避けるため早朝の電車で讃岐へと帰りました。今日からが本当の主夫生活の始まりです。

そろそろ昼ごはんの準備でも始めようかと思った頃、家の電話がなりました。相手は近大奈良のドクターからで、事後報告になるんですがと前置きした後、「昨日の夕方から夜にかけてはなちゃんの呼吸がしんどい状況となり人工呼吸器を喉から挿入しています。」との説明がありました。

近大奈良からの電話ってだけで心拍数が1.5倍くらいになったのに、いきなりの知らせに本当に驚き戸惑いました。

その後の容態は落ち着いているので心配の必要はないが詳しい説明等も必要なので近々病院に来てもらいたいとの事でした。

昼からは、ママの病院へ行く予定にもしていたし容態は落ち着いているとの事なのでとりあえず明日伺いますと返事をしました。

しかし、キヌさんは帰ってしまったし、ママももちろんいない。ドクターから詳しい話を聞いている間、ひなかな達はどないしたらええんやろ?と思ったところ、生駒近辺に住んでいる長い付き合いの友達がいたことを思い出し早速メール&TEL。なんとか無理を聞いてもらって同時刻に近大奈良まで来てくれる約束を得ました。

その後、ひなかなに昼ごはんに冷やし中華を食べさせ、ママの病院へ行きましたが今日も道は大渋滞でした。。。

ママにもその電話の内容を伝え、はなちゃんにまだ会ったことのないうちの親に明日来てもらってはどうか?と言う話になり、急遽、私の母に連絡し丹波の山奥から出てきてもらうことになりました。

【日齢2日】


はな誕生、そして入院 | 【2007-08-11(Sat) 23:07:09】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
母と共に
昨晩遅く我が家に到着した実母とひなかなと共に慌しく朝食をとり阪神高速の渋滞を考慮して9時前に家を出た。

さすがに帰省ラッシュも一段落着いたのか、混雑もなく1時間足らずで近大奈良病院に到着した。ひなかなのお世話を頼んでいるえむつーさんも早い目に来てくれており、すぐさま合流しNICUに近い待合所でドクターとの約束時間まで待つことにした。

時間になり、NICUへ入りドクターからの話を聞いた。8月10日の夕方から夜にかけて肺へ流れる血液が減少し酸素を取り込みにくい状況に陥ったとのこと。その原因として無呼吸発作か肺高血圧クライシスというのが考えられ、現在は人工呼吸器の挿入によりとても安定している状態であると言われた。

その他、母も同席していたので親切にも改めて心臓のことや染色体異常の可能性についても説明してくれた。ネットや書籍ではダウン症候群の医師からの告知のあり方についてひどい告げられ方をしたなどとの体験談をたまに読んだりすることがあるがここのドクターはとても丁寧で親切だと痛感する。

ドクターの話の後、母は私と共にはなちゃんとの面会を果たした。母には、子が3人とも男で、孫もひなかなのみであったので、初めての女児ということでたいへん楽しみにしていたのだが初めての対面をこのような形にさせてしまい少し悪かったかなとも思ったりした。でも、早く直して元気な姿を見せてやればいいってことだ。

ひなかなのことは友達に任せたままで、結局ドクターの話の時間を含めて1時間くらいNICUでいたと思う。そろそろひなかなもパパの戻りを待っているだろうと思い戻ってみたが、テレビの前でおとなしく座っており、えむつーさんも「ぜんぜん楽勝やったわ」と言った。ソフトボールの予定をキャンセルしてまで来てくれて本当に感謝感謝だ。

その後、えむつーさんとは別れ、病院付近のバーミヤンで昼食にし、家へと帰り、母はすぐに電車で実家へと帰って行った。

夕食は、冷凍ハンバーグと野菜サラダで子供達のご機嫌を伺ってみた。私の主夫生活はまだまだ始まったばかりだ。

【日齢3日】





はな誕生、そして入院 | 【2007-08-12(Sun) 22:35:42】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
出生届け
区役所へはなちゃんの出生届を提出しに行って来ました。漢字は、「晴」と「南」ではなちゃんです。ちなみに、はなっていう名前はかぁくんが決めてくれました。それにあう漢字を私が考えました。

これで、ひなたん・かぁくん・はなちゃんと3人とも南が付きました。これで3人とも夏うまれで、夏うまれには南の空の太陽のイメージでひなたんの時に付けた南がみんなに付いたことになりました。

区役所でははなちゃんの病状のことについて簡単に説明して、福祉関係の相談をいろいろとしてきました。身体障害者手帳・特別児童扶養手当・障害児福祉手当・療育医療制度・小児慢性特定疾患治療のことなどなど・・・。

自分も役所に勤めておきながらこんなことをいうのもなんなんですが、お盆で暇だったのかもしれませんが、以外にも親切丁寧に説明してくれて助かりました。

午前中で用事を済まし家に帰り、子供達の昼食を準備することにしました。昼ごはんは、ママが入院前に買ってくれていたピザを焼きました。ひなかな2人で一枚食べきってしまいました。好きなものはビックリするほど食べるのも早いし量もすごいです。

しばらくしてママから電話がかかってきて、外泊になったから迎えに来て欲しいとの事。まだ、帝王切開から4日しか経っていないのに外泊とはおかしいと思ったのですが、どうやら国循ともあろう病院でもベッドが満床でどうにもならないので家が近くて病状も大したことのないママが追い出されることになったようです・・・・。

夕方、病院へ迎えに行って連れて帰りました。歩くのもままならないのに追い出すとはひどい病院だ・・・

まぁ、明日はひなたんの医療センター行きの日なので、かぁくんを連れて行かなくてもママと留守番していてくれるので、そういう意味ではとても助かったと思いながら久しぶりに家族4人で夕食を食べた。

【日齢4日】

はな誕生、そして入院 | 【2007-08-13(Mon) 21:47:56】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
久々に職場へ
朝、NICUに電話をしました。ママが週末にも退院できそうなので面会に行く日にドクターがいてくれるかどうかの確認のためです。ついでに、電話での問合せは禁じられていましたが、はなちゃんの容態について問合せてみたら快く答えてくれて、少しずつミルクもチューブからではあるけど飲めているとの事でした。

一方、ひなたんはと言うと今日も朝から原因不明の足痛が再発し難儀しました。

そんな中、今日は、長らく休暇を頂いている職場のほうへ、ご機嫌を伺いに行くことにしました。休暇の申請や、出産に関する提出書類等の確認と今後の見通しについて電話より一度会って話したほうが良いかと思ったからです。

ひなかなを車に乗せて走ること1時間、職場に到着すると会議室を押さえてくれてて子供達はそこでおじさん達に持参した絵本を読んでもらったり、お菓子をもらったりと接待してもらっていました。

その隙に、やるべきことを済ませた頃、ちょうどお昼休みになったので同僚と共に近くのレストランへ昼食を食べに行きました。

ひなたんは今日は、終始、足を痛がってて車の移動以外はほとんど抱っこせねばならない状況で苦戦しました。いったいなんなんでしょうか・・・。

その後、職場で確認した必要書類を取得するために区役所によって自宅に帰りました。ようやくこの頃にはひなたんの足も普通に戻っていました。

【日齢6日】

はな誕生、そして入院 | 【2007-08-15(Wed) 22:44:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
ママの初面会
かぁくんの左手の甲に数日前からできていた湿疹がどんどんひどくなってきたので午前中に近所のヤブ医者へ連れて行ってきました。

トビヒとの診断で塗り薬と飲み薬をもらって帰ってきました。そのヤブ医者は確かにヤブなんやけど、ネットで予約もできるしちょこっと見てもらうときには役に立ちます。(それで治ってくれればの話ですが・・・・)

昼からは、皆で近大奈良病院へ行って来ました。ママははなちゃんが搬送される直前に数分程度一緒の時間を過ごしたけど面会は今日が初めてでした。

はなちゃんはというと、心臓のほうは比較的順調に動いているみたいなんですが、ミルクの吸収が良くないみたいで栄養はほとんど点滴からといった具合です。

【日齢9日】

はな誕生、そして入院 | 【2007-08-18(Sat) 23:31:19】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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プロフィール

Fuccie73

Author:Fuccie73
はなちゃんのパパ:
いたって健康・・・。(S48.9生まれ)
↑mixiはここから↑

ひなたん:
好中球減少症と闘病しながらも、元気な小学3年生です。
(H14.8生まれ♂)

かぁくん:
健康優良児ですがアレルギーで食べられるものが少ないよ。
でもモリモリ食べてひなたんより体重は重いよ!
1年生になったけど、まだまだママに甘えてます。
(H16.7生まれ♂)

はなちゃん:
ファロー四徴症、共通房室弁口と闘いながら頑張ってきましたが2008.7.27に突然お空へと旅立ってしまいました。
1歳のお誕生日まであと13日でした。

ママ:
ママも小さい頃に動脈管開存症の手術をしました。
(S48.9生まれ)

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